今回取り上げる日本郵便事件(大阪地裁・令和6年6月20日判決)では、企業が日本版同一労働同一賃金(以下「同一労働同一賃金」)への対応として正社員に対する手当を廃止し、「調整給」として支給する一方で、有期契約社員にはその調整給を支給しなかったことが問題となりました。この判決は、企業が同一労働同一賃金の原則をどのように満たすべきか、また、有期契約社員と正社員間での待遇差がどこまで許容されるのかに関わる重要な論点を含んでいます。
1. 事件の背景と争点
この事件では、日本郵便が正社員に支給していた住居手当を廃止し、その代わりとして調整給を支給しました。企業側は、正社員の住居手当を廃止しつつ、既に支給を受けていた正社員に対する経済的な不利益を緩和するため、一定の期間、調整給としての手当を支給しました。しかし、有期契約社員にはこの調整給が支給されておらず、これが「同一労働同一賃金の違反ではないか」として争われたのです。
2. 大阪地裁の判断とその根拠
大阪地裁は、企業が正社員のみ調整給を支給し、有期契約社員に支給しない措置は「原則として適法」と判断しました。その主な理由として、調整給の趣旨が「手当廃止による正社員の不利益を一時的に緩和するため」とされ、住居手当の支給そのものではなく、経済的な緩和措置であると解釈されたことが挙げられます。
また、大阪地裁は調整給について、手当ではなく「廃止による不利益緩和のための一時的措置」であることから、同一労働同一賃金の原則に照らしても、有期契約社員に同様の手当を支給する義務は生じないと結論付けました。これにより、企業は正社員の待遇見直しを通じて「同一労働同一賃金」の要件を満たし、一定の範囲での待遇差が認められるという判断が示されたと考えることができます。
3. 同一労働同一賃金の違反を回避するための企業側の手段
本事件において企業が採用した「正社員の待遇を不利益変更する」手法は、今のところは、同一労働同一賃金の違反回避策の一つではあると考えられます。同一労働同一賃金の基本的な考え方は、「正社員と有期契約社員の待遇差の是正」にあります。そこで、正社員の手当を廃止すれば、そもそも比較の対象となる手当が存在しなくなり、結果として有期契約社員との待遇差は生じないという理論が成り立つことになります
4. 判決が今後の実務に与える影響
本判決は、企業が同一労働同一賃金に対応する際、正社員の待遇見直しをどのように行うかの具体的な参考例となります。特に中小企業においては、正社員と有期契約社員の待遇差を解消するための手当廃止や調整給支給の手法を取り入れる企業が増加する可能性があります。
さらに、別の日本郵便事件(東京地裁・令和6年5月30日判決)でも同様の判断が示され、企業側が勝訴しています。これにより、企業は今後、正社員の待遇を見直すことで、一定の待遇差を認めながらも同一労働同一賃金の要件を満たす方法を取り入れやすくなると考えられます。
5. 実務上の注意点と今後の展望
ただし、調整給の支給が「同一労働同一賃金の潜脱」にならないかは、今後の裁判でも注視されるべき点です。本判決では「正社員の不利益変更の緩和措置」として調整給が認められましたが、今後の判例で異なる判断が出される可能性もあります。また、本事件が控訴されていることから、上級審での判断を確認する必要があります。
加えて、厚生労働省は、同一労働同一賃金を実現するために、正社員の手当を廃止して均衡均等を保つ手段には否定的な見解を示しています。
企業としては、同一労働同一賃金への対応策として、今回の日本郵便事件に見られるような手法を取り入れつつも、法改正や判例の動向を常に注視し、法令遵守の観点から適切な対応を行うことが求められます。