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作成日:2024/09/12
20年前の合意に基づき支払いを 一方的な賃金減額は認めず 東京地裁(令和6年8月21日判決)

弁理士法人の関連会社で働く労働者が賃金減額を不服とした裁判で、東京地方裁判所(遠藤安希歩裁判官)は減額の合意を認めず、3年分の差額賃金など計600万円の支払いを命じた。同社は平成17年に固定残業代、26年に出来高払い制を導入。労働者は賃金額決定を通知するメールに対し「了解しました」と返信していた。同地裁は同社の情報提供は不十分で、自由意思に基づく同意とはいえないと指摘。直近の合意である17年の賃金が契約内容になるとした。一方的に賃金を減額して支払った同社の対応は不法行為に当たるとして、慰謝料50万円の支払いも命じている。

労働者は13年に東京都内の特許事務所に入所し、特許関連事務に従事している。同事務所は17年に関連会社を設立し、同年4月に労働者を転籍させた。同事務所は現在名称を変え弁理士法人となっている。

労働者の17年4月の基本給は月額41万6000円だった。同社は同年8月から総額を変えない形で固定残業代を導入した。内訳は基本給が35万円、固定残業代が6万6000円となっていた。

同社は26年4月頃、労働者の事務処理件数の少なさを理由に、同月以降の基本給を半減するとともに、出来高に応じて特別手当を支給する賃金体系に変更すると説明した。労働者は同月30日に「減額は一切承知していません。差額賃金を請求します」と記載した請求書を渡したが、同社は受け入れなかった。

労働者は28年5月〜30年4月まで休職した。同社は30年5月15日、労働者と協議のうえで、事務処理件数に基づき固定給を決定する旨のメールを送信した。労働者は「了解しました。ありがとうございました」と返信している。同社は令和4年4月まで、基本給を24万円としつつ、仕事量が基準を上回った場合は特別手当、下回った場合は基本給を減額して支払った。5月以降は出来高払いをやめたが、基本給は24万円に据え置いている。

同地裁は賃金減額を無効として、差額賃金など計612万4879円の支払いを命じた。労働者は賃金減額に合意をしていないと判断している。平成17年の転籍時の合意が直近の合意になるとして、基本給月額は41万6000円と認めるのが相当とした。

同社は17年8月の固定残業代導入時と、30年5月のメールにより減額の同意は得ていると主張した。同地裁は17年8月の固定残業代導入について、明示的な同意がなく、何時間分の手当であるかも明らかでない点を踏まえると、20年近く異議を述べずに給与を受け取っていたとしても、黙示的に同意していたと認められないとした。

30年5月のメールは、固定額が具体的にいくらになるのかが明らかでなく、「自由な意思に基づいて同意し得ると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在したとはいえない」としている。労働者の返信を踏まえても、同社の提案する賃金体系に同意したとは評価できないとした。

賃金減額は不法行為にも当たるとした。労働者が出来高払い導入に強く反発をしていたにもかかわらず、基本給を半減して支払っており、一連の行為は不法行為を構成すると評価。慰謝料50万円、弁護士費用5万円の請求を認容した。
労働新聞社 令和6年9月16日第3465号2面 掲載

東京地方裁判所は、(a)会社と従業員の間で合意が成立したとは認められない、(b)従業員の合意がないまま、賃金を減額するのは、不法行為に該当すると判断しました。そして、賃金減額の合意が認められなかった理由としては、(1)会社が従業員に新しい賃金体系について明確に説明しなかったこと、(2)賃金の計算方法がはっきりせず、従業員が正確に把握できていなかったことが挙げられます。また、賃金減額が違法となった背景として、(a)減額によって従業員の収入が大幅に減少したこと、(b)会社が、従業員の同意を得ずに、一方的に賃金を減額したことが、裁判で問題視されたと考えられます。最終的に、裁判所は、従業員の請求を認め、会社側に(a)未払いだった賃金の支払い、(b)慰謝料50万円を命じる判決を下しました。これにより、会社は賃金を減額した期間に対応する差額賃金や残業代など、合計約600万円を支払うことになります。
ここでも山梨信用組合事件最高裁判決(平成28年2月19日)の「真の合意論」が展開されていると考えます。

 

この判例から、会社が賃金を変更する場合には、労働者にとって不利な情報も積極的に説明を十分に行った上で、各従業員から明確な同意を得ておくことが重要だということです。従業員との信頼関係を築き、安心して働ける環境を整えることが、会社にとっても従業員にとっても、長期的な利益につながるでしょう。また、賃金の計算方法、支払うべき賃金、計算の根拠などを明確に伝え、従業員が理解しているかどうかを確認することも非常に重要です。これらのポイントを押さえることが、雇用主と従業員の双方にとって、より良い労働環境を作り出し、紛争を未然に防ぐ助けになるでしょう。